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大阪高等裁判所 昭和61年(う)827号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人竹田実作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について

論旨は、原判示第二の一及び二の覚せい剤の各無償譲渡罪並びに同第二の三及び四の同じく各有償譲渡罪は、いずれも各包括一罪を構成すると認めるべきであるのに、原判決が、これらをいずれも併合罪の関係に立つものとして処断したのは、法令の適用を誤つたものである、というのである。

そこで、検討するのに、覚せい剤譲渡罪が、保健衛生上有害な物質である覚せい剤の社会への伝播の一階梯となる個々の譲渡行為を禁止・処罰するものであること等に照らすと、法は、覚せい剤の社会への伝播の危険性を拡大させる個々の譲渡行為ごとに、原則として一罪の成立を認め、実質的にみて同一の機会における同一人に対する譲渡行為と認められる等包括評価を正当化すべき特段の事情の存しない限り、その包括評価を許さない趣旨であると解するのが相当であつて、たとえ同一の日時場所におけるものであつても、譲受人を異にする各覚せい剤の譲渡罪が、併合罪の関係に立つことは、論を待たないところである。

右の観点に立つて、本件につき考察すると、まず、原判示第二の一、二の各所為は、同一の日時・場所における覚せい剤粉末各約〇・三グラムの無償譲渡行為ではあるが、譲受人を異にするものであるから、これを包括一罪と解する余地はなく、両者を併合罪として処断した原判断は、正当である。この点に関する論旨は、理由がない。

次に、原判示第二の三、四の各所為は、同一の日(昭和六〇年一〇月一七日ころ)、同一の場所〈住所略〉における同一人(甲野花子)に対する覚せい剤粉末約〇・二グラム(同第二の三の事実)及び同約〇・三グラム(同第二の四の事実)の各有償譲渡行為であつて、その間には、約一時間二〇分の時間的間隔があるが、記録によれば、被告人は、所持金に窮した末、右甲野方に赴いて金員の借用を申込んだところ、同人から覚せい剤を所持しているならむしろそれを売つて欲しい旨申込まれ、とりあえず、同人の所持金(一万円)に見合う覚せい剤約〇・二グラムを同人に譲渡したが、右取引の終了直後、同人から「まだ持つているなら、あと二万円分売つて欲しい。金は都合するので一時間後にもう一度来て欲しい。」旨申込まれるや、直ちにこれに応ずることとし、約一時間二〇分後再び同人方を訪れて、覚せい剤粉末約〇・三グラムを金二万円で同人に譲渡したものであることが明らかである。右事実関係に照らして考察すると、被告人の甲野に対する二回にわたる覚せい剤粉末の譲渡行為は、形式的には別個のものであるにしても、これを実質的に見れば、譲渡行為の途中の交渉で目的物の分量を増やしたような場合と大差なく、同一の機会における同一人に対する譲渡行為として、包括一罪を構成すると認めるのが相当である。もつとも、前記の事実関係のうち、被告人が、第一回の取引終了後、甲野の申込みにより新たに犯意を生じ、再度の取引に応じた点を重視すると、両者を併合罪と解する余地もありうるかと思われるが、もともと所持金に窮していた被告人としては、甲野の申込みがあれば直ちに取引に応ずる意思であつたと認められるのであつて、右の点は、本件における二個の覚せい剤譲渡行為を包括一罪と解することの妨げになるものとは考えられない。そうすると、原判示第二の三、四の各罪を併合罪として処断した原判決には、法令適用の誤りがあるというべきであるが、これを包括一罪として処断しても処断刑に何らの変動を来たさない本件においては、原判決の右違法は、判決に影響を及ぼすことの明らかなものであるとはいえない。この点に関する論旨は、結局、理由がないことに帰着する。

二控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について

論旨は、原判決は、判示第二の五において、被告人が乙山一郎に対し覚せい剤約〇・五グラムを無償譲渡した旨の事実を認定したが、被告人は、同人に対し右覚せい剤を一時預けたにすぎず、同人にその処分権限すら与えたことがないのであるから、これを譲渡したものと認めた原判決は、事実を誤認したものである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の対応証拠によれば、被告人が覚せい剤を注射してやつた女性(原判示第三の事実の被使用者である乙川春子)が警察に補導された旨を聞知した暴走族X会のリーダー格乙山一郎は、被告人を一時匿まつて、その覚せい剤事犯の発覚を防止しようと考え、被告人を宿泊中のビジネスホテルに訪れて、まだ覚せい剤を所持しているなら身が危いので処分するよう忠告したのち、被告人を自己の運転する自動車に乗車させ、車内において、さらに、「体からシャブを抜かんとあかん。ええかげんにせえ。お前がシャブを持つとると注射するで、かせ。」と強い口調で申し向けたため、被告人も、やむなく、覚せい剤粉末約〇・五グラムの入つた紙包みを同人に渡したこと、その後、被告人は、長野県飯田市の逃亡先などで、約一週間同人らと行動を共にしたが、その間、右覚せい剤の返還を同人に求めたことは一度もないうえ、右逃亡先において、同人が、被告人を含む仲間数名と右覚せい剤の回し打ちをする際にも、何ら異議を述べていないことなどが明らかであつて、右各事実関係に照らすと、被告人は、自己が所属していた暴走族X会のリーダー格で五歳も年上の乙山から要求されて、同人にその処分を委ねる趣旨で前記覚せい剤を手交したものと認めざるをえず、これを覚せい剤の無償譲渡と認めた原判断は、十分これを首肯することができる。原判決に所論の事実誤認は存せず、論旨は、理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松井 薫 裁判官木谷明 裁判官生田暉雄)

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